第 3880号2023.06.25
「はるかの引越し」のはらよもぎ(ペンネーム)
山国育ちの夫婦が、夫の定年を期に海べの町に住んでみたくなった。 引っ越した時、叔母から苗木をもらった。「はるか」という初めて 耳にする柑橘だった。地植えにして十三年。大きく成長し、たくさんの 実をつけた。レモンのような皮で、酸味は少なく、さわやかな甘さが、 気に入っていた。 海辺の町は、とても住みやすく、古い家も居心地よく、一生暮らしても いいと思える町だった。ただ、週末農家で、故郷に通って農作業で、 故郷に通って農作業をする生活が、長く続き年と共に疲れを感じて、 帰ることに決めた。 今年の三月、一足早くはるかを引越しさせた。毎年、楽しみにしていた はるかの木は、持って行きたかった。深く広く根を張っている木を移植 するのは、難しかった。なかなか根付かず、枯れてしまうのではないかと 思われた。梅雨時を迎え、雨の日が続いた週末に変化が現れた。小さな 新芽が、あふれ出て、遅咲きの白い花の蕾まで、顔を出した。 生き返ったはるかー夫と私には、大きな喜びだった。 週末に帰ると、まずはるかを見に行く。葉先が、ピンとしている姿を確認 すると、ホッとする。花が咲き、実を結び、少しずつ大きくなり、グリーン から黄色へと皮の色も変化していく姿を、想像するだけでうきうきする。 海べ育ちのはるかが、山国になじみ、またおいしい果実を実らせてくれるのを、 心待ちにしている。 私たちは、暑い盛りの引越しをする。これから、晴耕雨読のゆっくりとした 生活になるだろう。定年後も、フルタイムで働いていた夫には、やっと迎える のんびりした時間だろう。私たちが、積み重ねる時間が、どれだけあるか わからないが、一年の時の流れを、はるかを共に歩むことが、できると 思うと、元気がわいてくるのだ。