第 3808 号2022.02.06
「父の車」
玉川せーぬ(ペンネーム)
父の車が廃車になる。 父亡き後10年以上頑張ってくれたが、ついに限界がきてしまったのだ。 墓前報告の日は2月にしては暖かく、ワックスがけした車は日の光を浴びて ピカピカ光っている。 報告を終え、写真も撮り終えた帰途の車内は、母も私も言葉数が少ない。 信号で停車していると、そこへ作務衣姿の御老人が近づいてきた。 散歩を遠出しすぎて1時間も迷い、バス停まで送って欲しいとのこと。 袂から差し出した角がよれた名刺には某大学の名誉教授と記してある。 車は右、左と折れ、バス停を越え、御宅までお送りすることに。 「我が家の桜と梅をみせたくてね」 家の玄関先には2階まで届く桜の大木があり、書斎前には竹林も植えてある。 とても90歳に見えない先生は、にこやかに日々研究に余念がないと語る。 「これも何かの御縁ですね」別れる前に先生と母は記念写真。 「ありがとう、ありがとう」と毛糸の帽子をとり何度もお礼を言って下さった。 父が会社に、ゴルフ、旅行にと、喜々として乗っていた車。 最後までお役にたてたのは、優しかった父の導きか。 もう一度父を失うような重く悲しかった気持ちが、ふわっと軽くなった。