第 3790 号2021.10.3
「椎の実、見つけた」
きのこマイスター(ペンネーム)
「あ、椎の実!」 思わず口から出た言葉に、自分が一番驚いた。椎の実、という言葉を発したのは 何年ぶりだろう。 初秋のある日、山里をふらりと歩いていたら、足元に小さな木の実を見つけた。 よく見るクヌギやカシの茶色の実、いわゆるどんぐりとはちょっと違う。ひとま わり、ふたまわり小さくて、深い、黒色に近いこげ茶色。丸っこくなく、どちら かというととんがっている。 一瞬にして、数十年前、子どもだった頃を思い出した。田舎育ちの私には、栗 もどんぐりもしいの実も、身近なものだった。秋になると、そこらへんの裏山や 学校の校庭などに、いろいろな木の実が落ちていて、それらを拾って遊んだ。中 でも椎の実は、そのまま生で食べられる実として認識していたので、見つけると 「ラッキー!」と喜んだ。殻を割り、白い実をかじると、ほんのり甘くておいし かった。 もう田舎を出てからの生活のほうがよほど長いのに、小さなこげ茶色の実が、 一気に記憶を呼び戻した。椎の実の味や、放課後に遊んだ山の景色、おとなしく て引っ込み思案だった子どもの頃の私。 なんだか切ない気持ちになりながら、椎の実をパチンと割り、かじってみよう としたが、できなかった。食の安全性を第一に考えてしまう今の私…そう、良く も悪くも、私はオトナになってしまっていた。