第 3728 号2020.07.26
「蕗を煮る」
蘭子(ペンネーム)
今夜は豚肉の生姜焼きとサラダ、ひじきの煮物にしようリタイア した夫と二人だけの暮らしになり、あっさりめのメニューが多くなった。 料理の下ごしらえを済ませ、後は夕食時に火を通せば良いだけだ。 やれやれ、やっと座れるとほっとしたところに夫が入ってきた。 【こんなに出ていたよ」と得意げに蕗をどっさり採ってきた。 趣味の家庭菜園では、作っているわけでもないのに畑の隅に放って おいても毎年蕗が出てきるのだ。 「煮てくれる?」と軽く言う。むっとする。長くて太い蕗を洗っ て、鍋の大きさに合わせて切って、湯がいて板擦りをしてスジを とり、水に浸してアクをぬき、調味料で煮るのはそれからだ。 とても手間がかかるのに、こんな時間に勝手なことを・・・。 夫は「これはまずい」と察したらしく、「あ、いいよ、座ってて。 自分でやるから」と洗いもせず、スジを取り始めた。生のままスジを むくと指先がアクで真っ黒になってしまう。 「作るわよ」と立ち上がり、夫と交代する。1本1本丁寧に洗い、 一連の作業をする。フキの香りが部屋中に広がる。トゲトゲしていた 気持ちが、だんだん薄らいでいく。 時間に追われる生活でもなのに、夕食の時間が遅れたっていいじゃ ないの、不機嫌さをあらわにして悪かったわ、ごめんね、と心の中で 呟く。2時間近くかかったが、大鍋につややかな蕗の煮物ができあがった。 夫に「ちょっと味見して」と小皿を差し出すと、「うまい、いい 味だよ」と頷いてくれた。地方によって、家によって、調理法も 味付けが違う。私は姑に教えてもらった味付けが好きで、油でいためず、 砂糖も入れず、醤油、酒、みりんだけで煮る。 今夜は薄味だけど、明日は味がしみてもっと美味しくなる。まだ スーパーに蕗は出ていない。季節を先取りした我が家の食卓! こんなことで心豊かな暮らしができるのだ。夫は満足そうに日本酒を 飲んでいる。