第 3719 号2020.05.03
「義父と炊飯器」
neige bleue(ペンネーム)
3才の娘を連れて義父母の家に遊びに行ったときのこと。 到着して早々に、義父が「なんだ、ほれ、これ。」ち封筒を差し出した。 夫が怪訝そうな顔で封筒を受け取ると、中には数万円が入っている。義父 は「なんだ、その、いつも誕生日とか色々もらってばかりだから、まあ、 炊飯器でも買ったら。」と言う。
「炊飯器??」 突然の言葉に意味を図りかね、その後封筒の授受について押し問答はあっ たものの、最終的には時に困ってないからと封筒をお返しした。
それから別の話題に移り楽しい会話を続けていたのだが、その間も「なぜ に突然、炊飯器?」との疑問が私の頭から離れない。誕生日でも記念日で もない普通の日に炊飯器でも買いなさいってお金を渡す、というと「昭和 の風呂無しアパートに住む若夫婦が、炊飯器を買うお金がないので親に援 助してもらう。」ようなイメージが浮かび、石鹸カタカタ昭和の音楽とと もに不可思議な義父の行動に頭をひねらせていた。
だいぶ経った後、「あ!」と一瞬にして繋がった。 前回、数か月前に遊びに伺った際に、義母が腕を振るって美味しい夕食を 振舞ってくれた。その時、いつもお酒を飲むので白米は食べないのだが、 その日は軽く一口だけ炊き立てのご飯をいただいた。そのご飯がとても美 味しいかったので感動してその旨伝えると、炊飯器の違いではないかという 話題になったのだった。我が家の炊飯器は夫が独身時代に使用していた、 ゆうに10年は経っている年代物の3合炊きの単純なもので「踊り~」とか 「極み~」のような高性能な炊飯器の真逆を行く代物だった。そこで、「炊 飯器が違うとこんなに味が違うのね~。」とひとしきり感心したのだが、 その会話を聞いていた義父が不憫に思い、今回現金入りの封筒を準備した のだった。息子夫婦や孫娘に美味しいご飯を食べてほしい、との義父の思 いがとても嬉しく、また同時に突然の「炊飯器でも買いなさい。」という 昭和感溢れるフレーズが愉しく、いつまでも噛みしめていたいような気持 ちになった。
やはり、そろそろ炊飯器を新調しようと思う。