第 3713 号2020.03.22
「カウンター席の晩餐」
よこちゃい(ペンネーム)
今日は彼女の誕生日だったのだろうか。 それとも、二人の記念日。 それとも…… なんでもない、日曜の夜?
突然レンジは故障するし、 腰痛も倦怠感もすっきりしない。 といわけで、自分に甘い私は家事を放棄し、夕食は近所の洋食屋へ。
その夜は繁盛していて、あいているのはカウンターだけだった。 五席あるカウンターの左端二席に息子と座る。ひと席あけて右の奥の席で は、中年男性のひとり客がすでに食事をしていた。
店自慢のハンバーグを注文する。 息子はデミグラスソースがけのエビフライつき。私は、おろしポン酢がけ。 あぁ、人に作ってもらうハンバーグの美味しいこと!! なんて感激しながら、ふと右の飲み物メニューに目をやると、さらに右奥 へと視線が伸び、ひとり客の男性の前に、ワイングラスが2客置かれてい るのに気づいてしまった。
ひとつは男性が手にするワイングラス。 もうひとつは、小ぶりなフレームに入れて立て掛けられた、笑顔の女性の 写真の前に置かれていた。 見ると、グラスだけではなく、小皿に入れたお料理も。 ワインが白から赤に変われば、写真の前のグラスも赤に。男性が食べる料 理はみな小皿に分けて、写真の前に置かれるのだった。 カウンター越しにシェフと談笑し、ごくごく自然に食事を楽しんでいるよ うにみえる男性。 どれだけ仲のよいご夫婦だったか。 彼女は、この店が好きだったんだろうな。このカウンターの奥の席は、彼 女のために今夜は準備されていたのかな。
そんなふに愛されることも、 そんなふうに愛することも、 ないだろう。 ないかな。 写真の女性は私より若いに違いない。 なんでもない日曜の夜が、ちょっとせつない夜になった。