「 大きな桑の木陰に 」
岩部 隆明(大田区)
湖畔の山荘に滞在していた時のことである。
書斎で読書をしていると、突然ドスンと激しい音と震動がはしった。地震ではないことは即座にわかったが、唯事ではない。家内も家事の手をおき、互いの顔を見合わせた。
家内が階下の居間の縁側の上を指差した。急いで階段をかけ降りると、それは腹を上に向けた瀕死のオオタカであった。ふさふさした白い羽毛に茶色の縞、真黄色の足に黒い爪、目をつむり、嘴からは血が流れていた。とくとくと激しい鼓動が伝わってきた。
窓ガラスに衝突したらしい。
「まだ助かるかもしれない」と、家内が頭から水をかけると、パタッと一羽ばたきし、その勢いで縁側から地面に落ち、うずくまった。
陽射しが強くなってきたので、近くの大きな桑の木陰に両手で抱えて移動させたら、その瞬間立ち上がった。前に飲み水を置いた。そこは湖からスロープ状に上がった所で、オオタカは湖を背に立っていたが、しばらくして気がつくと、向きを変え、湖に向かって下界を俯瞰するような姿勢になっていた。今にも飛び立ちそうに見えた。私と家内は、オオタカと一緒に記念撮影をした。
陽が暮れ始め冷えてきたが、一向に飛び立つ様子はなかった。
段ボール箱に入れてやろうとしたが、威嚇し、もう手で抱えられる状態ではないほどに回復していた。しかし、ふと見ると、片目がつぶれていた。
翌早朝、かすかな光の中窓からのぞくと、やはり湖を見下ろすように立っていた。陽が昇ってから野鳥保護団体に電話し、オオタカを保護している旨を伝えた。一時間もしないうちにスタッフがやってきた。オオタカのいる場所を訊くと、さっさと桑の木の下に行き、捕獲して籠に入れようとするが、オオタカは、スタッフの頑丈な革手袋に爪をくい込ませ激しく抵抗した。しかし、籠におさめられ、スタッフと共に去って行った。
大きな桑の木陰に、初夏の風が吹き、残像が、いつまでも、いつまでも残った。