第 3407 号2014.05.11
「 蓬湯 」
庵 祥子(中野区)
五月半ば、久しぶりに青い空が広がった日の午前のことだった。
九段下から北の丸公園を通り抜け、英国大使館方向に至る道を散歩した。歩きながら身体中が緑に染まりそうと今年も思った。
ホームに居る姑に届けようとイヌムギやぎしぎしや山藤を手折って束にした。切り餅に刻み込んで食べてみたいと足元の蓬を摘もうかと思案した。
嫁菜や芹は幼い時によく摘んだが、蓬はいまひとつ馴染みがうすい。
年輩のジョギングの男性が「いい花束だ」と言って通り過ぎた。優しそうな人柄を感じ蓬を確かめて貰おうと五、六M追いかけた。
彼は馴れた手付きで蓬を摘みながら、方言まじりで蓬湯と蓬餅の説明をしてくれた。
「お国は?」と聞くと和歌山から用事で上京し、今朝のさわやかな空気に誘われてホテルを出て来たとのこと。
別れ際「何年生まれですか?」とたずねると、なんと彼の方が一学年上だが同じ干支。
「おう!」と彼は握手してくれ「お元気で!」と去った。
七十歳同志の一瞬の出会いであった。
その夜、蓬湯にゆっくりつかった。