「 雨の季節のおくりもの 」
匿名
梅雨の季節。車のガラスについた玉すだれのような水滴は真珠のよう。雨粒を抱いた紫陽花も目にしみるような美しさだし、街には色とりどりのクラゲが泳いでいるように見えるのも面白い。
何にもましてこの時期のとっておきの楽しみは、父の育てたビワなのです。
潮風と太陽をいっぱい浴びた赤土の贈り物!とは母が考えた売り文句。木に登って実に袋がけをする麦わら帽子の父の写真を添えて、箱一杯のビワが送られてくる。このビワ、ただではありません。山になるものは何でもくれるのに、このビワだけは「うんと安く分けてやる」のだそうで、毎年「あげたい人はおらんか」とちょっと得意げな父なのです。
枇杷農家に遠征しては作り方を学び、年月をかけて増やしてきた枇杷の木が、いつの間にか評判になって買ってくれる人がでてきたものだから、父は精も欲も出したみたい。
ビワをもいで、箱詰めするのを手伝った年がありました。完熟ビワは待ってくれない。来る日も来る日も、ビワを包んでいた袋の山に埋もれながら、もぎ方が悪いと怒られ、詰め方が悪いと怒られる。色よく丸々と肥ったやつ、やや栄養不足、熟れすぎ。一粒一粒に「30円、20円、10円」と値段をつけてより分けながら「袋代ぐらいにしかならんのう」とぼやいているのが、吝嗇じいさんみたいでイヤラシイけど、父はどこか嬉しそうで。
柔らかなうぶ毛を光らせた金色のビワは、内側から押してくるような瑞々しい弾力があり、果汁は濃厚、あとひくうまさ。一個、また一個と、皮をむくのももどかしく、かぶりついてゼリーみたいにチュウと吸い込むと、口にも手にも甘い匂いが沁みてうっとりする。
そのビワが、きょう届くはずなのです。ビワを待つようになってから、わたしは梅雨に寛容になったみたい。朝からどしゃどしゃ雨が降っているけれど、ずっと、ウキウキして待っています。