第 2892 号2004.06.27
「 枕木もぬれ 」
じゅん
列車に乗るときはいつも先頭の車両の一番前に立ち、子どものように行く手の景色を眺める。レールがまっすぐ伸びていても、緩やかなカーブを描いていてもいい。田園の輝く緑や紫陽花の青の中を、永遠に途切れる事がないかのように続く線路を見ていると、いつも穏やかな気持ちになれる。
そしてそんな時、かならず思い出す詩の1節がある。わずか2行だけれど。
詩人は電車のドアに寄り添い街の景色を眺めている。枕木もぬれ線路もぬれ、家々の屋根も町の木々もぬれている。仕事の行き帰りに車窓からこの街に住む事を何度夢見ただろう。今ではこの街に住み、この街の駅から仕事に通う。
こんな詩だったか、そうでなかったか、昔偶然出逢った、もう2度と逢わないだろう詩の1節が、こうしてたぶん一生私の中に住みつづける不思議。いえ、それは不思議でもなんでもないことなのだろう。忘れ得ぬ人々、美しい詩、瞳に焼き付けた風景、そのとき吹いた風さえ、何かの拍子に鮮明によみがえる。
とりとめのない思いにとらわれ、危うく乗り越しそうになる。果てしなく列車に飲み込まれまた現れる線路は、現在と過去を行き来するSFの世界を走っているのかもしれない。