第 3412 号2014.06.15
「 泣ける酒 」
渡会 雅(ペンネーム)
「こんな美味しい酒は飲んだことがない」と、禿げ頭を光らせた花嫁の父。
けれど、ビール壜を差し出す私の手を「いや、もうおしまい」と押しとどめる。
ミュージシャンを目指して歌って踊るキリギリスの新郎。娘二人で家名が断絶するかもしれない新郎の家……。
難題を幾つも乗り越えての息子の結婚式。
「ペンギンでも案山子でない、こんなもの、着れるか!」と、揃って駄々をこねていた花嫁、花婿の両オヤジが互いにモーニング姿を褒め合う。
「ほー、ノーベル賞をもらう学者みたいだ」
「結婚式はこれに限りますね」
その日の朝、娘から釘を刺されたという禿げ頭。
「お父さん、式が終わるまではコップ三杯―いや二杯」
照れる禿げ頭に代わって、奥さんが説明する。
「飲むと暴れるんですよ。それも、お葬式や結婚式など肝心なときに」
「今日は娘の門出、いいですよ、暴れても」
それでも、頑固に掌でコップを塞ぐ禿げ頭。
「式が終わるまでジェントルマンでいます」
その夜、ホテルのラウンジで両家のオヤジがへべれけに酔っぱらったのは言うまでもないが、全然暴れない禿げ頭……大好きな大吟醸の冷酒を避けて、ビールだけにしたのが功を奏したのかもしれない。
「あのバカ娘が」を連発し、「ハア、ビールというのは泣ける酒なんですね」と、頬を伝う涙をビールのせいにする。