第 3411 号2014.06.08
「 梅雨の奥多摩 」
TN(ペンネーム)
梅雨のまだ始めの頃、妻と二人で、奥多摩へ出掛けた。
空は、寒気が暖気の上に来ているといって灰色の雲が覆う世界だ。
僕達は、御岳駅で青梅線を降り、多摩川渓谷を河まで降りた。
奥多摩は、この時期に来るのは初めてだ。いつもは、木々が黄色く赤く染まる秋の季節だ。
これら木々が雨をたっぷり吸って深い緑に染まって、枝が大きく垂れ下がり、その脇を多摩川がしぶきを飛ばして青白く流れる光景は初めてであった。
河の中央には、大雨で運ばれてきた巨石がドーンと幾つも見られる。渓谷の至る所で、清水が流れてきて、私達の行く手に幾筋もひろがる。ふと気づくと冷気が体を包む。半袖の腕を触ると、ヒヤーッとして冷たい。
奥多摩がこんなに紫陽花、菖蒲、どくだみ、琵琶の花や木々が多いとは思わなかった。青い河の流れに緑の木々の葉が映って、紫の花々と橙の枇杷が点景を飾る。
秋は多い渓谷の道も歩く人は少ない。川岸には解禁になった鮎を釣ろうと長い竿を伸ばしている人が目につく。河の下流にカヌーを操る人が一人見える。
河を下って行った。上を見上げると、人家が軒を伸ばしてくる。沢井だ。駅を一つ歩いたことになる。左岸に茶店が見えてきた。私建は、ここで足を停め、休むことにした。地元の酒造会社が開いている店だ。テーブルを見つけ、酒とお豆腐を買ってきて、川沿いの深緑の中で、食した。
空いたお腹にお酒が沁みる。豆腐も美味しい。灰色のこの時期の世界が、青と紫と緑に変色し、奥多摩は、梅雨とは縁遠い世界と気づいていった。私達は、お酒に少し酔いながら、現実の世界とかけ離れた感触を感じつつ、奥多摩で夕方の遅い時間まで過ごした。楽しい梅雨のひと時を過ごした。