第 3379 号2013.10.27
「 定点観測 」
藍(ペンネーム)
経理という職業は誰よりも人の字を見る機会が多い。いまだ電子化されていない我が勤務先では交通費や出張精算など、すべて手書きの伝票である。経理部の責任者である私は、来る日も来る日も同僚の文字を大量に見続ける。交通費などは日々発生するので、定期的に提出される伝票に書かれた無防備な文字を、言わば定点観測しているようなものだ。
心の動きは案外字に出やすく、例えば人事異動などがあるとたいていの人は字が乱れる。本人に訊いたわけではないし、実際、顔すら知らない社員もたくさんいるが、字を見て、ああ、疲れているんだろうな、とか、神経質になってるな、とか、忙しそうだな、とか、思いのほか楽しくやってそうだな、などと勝手に思いを馳せて、心の中でがんばれ!がんばれ!と応援している。そして興味深いことに、異動して数か月も経つと、字も除々に通常の形状に戻ってくるのだ。
もちろん、悩みの種は仕事上だけではないので何が影響しているのかは判らないが、何かがあって心が乱れているらしいこと、またその後に平穏を取り戻したらしいということはわかる。
こんなことを言うと気味悪がられるので会社では公言しない。
昔、人事部の友人とそんな話になった際に、情報を流して欲しいと真顔で言われて困ったことがあった。占い師でもなんでもないので、最近字が乱れている人にばったり廊下で会った際に、そっと「元気?」というくらいにしているが、はっとする人が多いのであながち間違ってはいないようだ。