第 3173 号2009.11.15
「 今川焼きの思い出 」
野 田 充 男(浦安市)
久しぶりに今川焼きを駅前の売店で一つ買った。ホカホカの今川焼きを手にして、私はふと今は亡き母を思い出した。
私が三十数年前に住んでいた寒村では、店といえば八百屋、魚屋、雑貨店が各一軒あるだけで、今川焼きなど売っていなかった。
今川焼きを食べようとすると、隣り町まで買いに行かなければならなかった。幸い、母が隣り町までパートに出ていたため、母からの土産で私は今川焼きを何度か食べることができた。ただ、隣り町から家までバスで三、四十分かかるため、母が買ってくる今川焼きはいつも冷めていた。
「もっと温かいと、今川焼きも美味しいんだろうなあ」
私はつい本音を母に漏らした。母はちょっぴり困ったような、悲しい表情をした。
数日後、母はまた今川焼きを買って来た。
「ほら、早く食べなさい」。そう言って母は袋から今川焼きを取り出し、私に差し出した。
その今川焼きは、なぜかいつもより温かかった。
「あれ、きょうの今川焼きは少し温かいけど、なんで?」。母は微笑んで答えた。「ここに入れてきたからよ」。母は着ていたセーターをまくり、肉づきのよいおなかを見せた。
何と、袋に入った今川焼きをおなかで保温して帰って来たのだ。
私は驚いたが、母の妙な工夫で、私はほんのり温かい今川焼きを食べることができた。
それから何年か過ぎ、電子レンジなるものが現れ始めると、母のおなかから今川焼きは消えた。が、私の脳裏からあの今川焼きの思い出は消えることはない。
売店で買ったホカホカの今川焼きを、私は半分に割った。小麦粉を小豆の香りが鼻をついた。母が昔買って来たあの今川焼きと同じ匂いだ。私は、一口、二口、ゆっくりと今川焼きを頬張った。
母の懐かしい思い出をかみしめるように。